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財政赤字も貿易赤字も目立って拡大してくる。
減税政策による消費の拡大は輸入増をもたらしたが、好況による税収の大幅な自然増を見るまでにはいたらず、公約のいま一つの柱である「小さな政府」による歳出の削減もままならなかった。
「減税によって税収を増やそうなどというのは、プード教のおまじないのようなものだ」と、共和党の大統領候補を争ったジョージ・ブッシュから酷評されたのもむりからぬところだった。
ところがその間、ドルの為替レートのほうは、経常赤字の拡大にもかかわらず強含みとなり、八四年には、ドルは二五〇円以上にまで切り上がってしまった。
なぜ、こんなことが起きたのか、それがまず問題であった。
日本発のドル高前政権の通貨政策の混乱を見ていたレーガン政権は当初、「強いドル」を放任、歓迎していた。
「悪の帝国」ソ連を打倒する「強いアメリカ」を掲げて当選した大統領にとって、「強いドル」が「強いアメリカ」を象徴したと言っては、やや単純なもの言いになってしまうが、それは基軸通貨国の責任者としては当然の感情でもあっただろう。
少なくとも就任直後から、ドルのさらなる下落を望むような若きクリントン大統領とは、いささか姿勢が違っていたのである。
もっとも、レーガン政権は、こうした理由だけでドル高を歓迎したわけではなかった。
それは、「供給の経済学」と並ぶレーガノミックスのいま一つの柱、マネタリズムからしても、首肯できるものだったはずである。
経済運営において通貨供給を重視する考え方を、為替政策に適用するならば、市場が混乱するなどの場合を除いて政府・通貨当局は市場に介入しないのが原則になる。
アメリカ経済のファンダメンタルズが改善されれば'当然、通貨の対外的価値が強化される、つまりドル高となる。
ドル安にして輸出を増やしたい産業界やその利益を代弁する議会が何と言おうと、これを介入で押さえようとすれば通貨供給を拡大させることになり、望ましくない、というのが、ミルトン・フリードマンを中心とするマネタリストの考えかたであり、それはレーガン政権にも強い影響を及ぼしていた。
加えて、時の財務長官リーガンは、「強いドル」をビジネスの基盤とするウォール街の出身であったから、財政責任者自身にとってもドル高は何ら問題ではなかった。
だが、ここにじつは落とし穴があった。
レーガン政権前期のドル高は、はたして、アメリカ経済の好況を反映した健全で好ましい現象であったのかどうか。
落とし穴というのは、アメリカ側がどう考えていたかは別として、少なくとも日本側が、それが「日本発」のドル高であり、ジャパン・マネーが集中的にドル買いに走った結果であることを見落としていたことである。
さらにいえば、日本の投資家は「世界経済のシンボル経済化」という現実にも無頓着であったといえよう。
教科書的理論によれば、日米間に貿易収支の不均衡があり、アメリカが巨大な貿易赤字を抱えている場合、ドルは円に対して切り下がり、結果として日本への輸出が伸び、輸入は減る。
その結果、両国の貿易収支は新しい為替レートの下で均衡するはずであった。
ところが、ピーター・ドラッカーが『新しい現実』で観察していたように、一九八〇年代初めの時点で、世界経済を動かす力は、実物経済からシンボル経済に、つまり財・サービスの貿易からマネー取引に移っている。
国際金融の実務家には日々感じられていたこの現象は、七〇年代に始まった資本取引の自由化、外為取引における実需原則の撤廃などの規制緩和を引き金にして起こった。
これが電子情報技術の急進展をバネに拡大し、さらに近年はスワップ、オプション、裁定取引などから複雑なデリバティブを生成し膨張している。
四一頁のグラフはその一端を示すもので、貿易の増大とは桁違いの伸びを示している証券投資の動きなどが、世界経済のカジノ化を証明しているといえるであろう。
こうしたシンボル経済のメカニズムをあらためて見ておこう。
昔ながらの円やドルの売り買いは、現実に行われる輸出や輸入と同時に行われる性格のものであった。
トヨタという会社がドル建てで自動車を輸出し、利益を得るということは、外為銀行でドルの代金を円に替える、つまりドルを売るということである。
このように、通貨の売買は、かつては必ず貿易という実物経済の動きとリンクしていた。
これが為替取引における実需原則という「規制」であった。
こうした古い時代においては、先にふれた教科書的理論がある程度までそのまま通用する。
例えば日本のアメリカに対する輸出増加は、日本によるドル売りの増加として説明され、したがって円高・ドル安を導くものと理解される。
そこで、日本の円が切り上がって輸入を推進し、輸出を抑制する、アメリカのドルは切り下がって輸出の増大と輸入の抑制を導き、やがて貿易不均衡自身が解消されるというわけである。
ところが今日、為替取引の実需原則は、ほとんどの国において撤廃されており、輸出入にともなって円をドルに、ドルを円に替えるという為替取引は、ほんのわずかの割合でしかなくなってしまった。
世界の主要市場での外国為替取引高は、一目平均一兆一九〇〇億ドルであったが、これに対して同年の世界の貿易規模はその一・二%に過ぎなかった。
残りの九八・八%は、先のグラフの証券投資などにともなう為替取引や、さらに(これが大部分を占めるのだが)通貨そのものを別の通貨で買う、いわゆるディーリングによる為替取引となっている。
通貨の売り買いは、したがって、各国通貨の金利や為替レートの動きをにらんだ投機的な動機によって行われているということになる。
八〇年代の前半、日本の輸出のうち、円建ては三割程度で、ドル建てが七割程度を占めていたと考えられる。
したがって、貿易にかぎっていえば、先の教科書的解説にあるように、対米輸出増大にともなうドル売り圧力は当然あったはずである。
にもかかわらず持続したドル高は、日米共同幻想一、それが基本的に資本の動きによるものであったことを示している。
日本の機関投資家は、ドル高の背後に、こうしたシンボル経済化の進行があったことを読み切れなかった、あるいは甘く見ていた。
為替レートの変動が、古典的な教科書の説くカーブを措かなかった。
つまり、アメリカという国に現実に貿易赤字、あるいはそれを反映した経常収支の赤字拡大があるのに、ドル高が続いたのは、全く別の理由による資本流入があったからである。
すでに述べたように、その流入した資金の主力はアメリカの国債購入などに動いたジャパン・マネーである。
そしてその正体はほかでもない、日本が対米貿易を中心にして手にした膨大な貿易黒字、経常黒字であった。
これがドルを買い支え、為替レートをねじ曲げていた。
マネー敗戦の端緒となる日本側の誤った第一歩は、八〇年代のはじめに、このようにして踏み出されたのである。
日米経済の奇妙な共生日本が貿易黒字で得たカネをアメリカに注ぎ、それによってアメリカは日本からの輸入を増大させる。
そもそもこんな奇妙なカネの流れはなぜ起きたのだろうか。カーター民主党政権下の七〇年代末から八〇年代はじめにかけて、アメリカでは二桁の公定歩合に代表される厳しい金融引締めが行われていた。
当時、日本や西ドイツなどの経常収支黒字国も公定歩合を引上げていたが、それはたかだか六%程度の水準で、アメリカとは依然、六%前後の差があった。

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